明日は母の誕生日。これまでのことが、ふと思い出された。

私たちの年代なら、どこの家庭もそうだったように、仕事が多忙で夜の付き合いも多かった父は、母に育児を任せっきりだった。

幸いベビーブームだったので、近所にはママ友が沢山いて、母はストレス発散出来ていたように思う。

結婚してすぐ23歳で私を産み、二年後に弟を出産した母は、ろくに外食する機会にも恵まれなかったけど、それでも私らにいろんな料理を作ってくれた。

母はいつも、分厚くて重い料理大全集を頼りにしていた。料理写真やイラストも殆どなく、国語辞典のような細かな字で書かれたその本は、家庭で作れる和洋中のレシピが殆ど網羅されていたように思う。

凝り性の母は、片っ端からその本のレシピに挑戦していったので、小学生の間に私らは一通りの料理を経験していた。

なかでも、子供心にワクワクしたのが洋食メニュー。

グラタン、ロールキャベツ、クリームコロッケ、シチュー、ハンバーグ、ステーキなどなど。

まだファミレスもろくになかったので、洋食屋にでも行かなければ食べられない料理が食卓に登場した。

その味が正解なのか誰も分からない料理もあったけど、レシピに忠実に作っていたせいか、どれも美味しかった。

大きな魚も手際良くさばくし、専用の包丁もないくせに、鱧の骨切りまでやる逞し過ぎる母は、山菜採りの名人でもある。



子育てが落ち着き、私が高校に通う頃、母は面接に受かり、遅咲きのOLデビューを果たした。支社ではあったが、保険会社の受付嬢だ。

娘の私が言うのも何だけど、末っ子気質の朗らかな性格でオシャレな母は誰からも好かれ、60歳でOLを辞めた後も、私と同年代ぐらいの若い友達と付き合いを続けている。

今も暇さえあれば料理していて、ダンス、エアロビ、卓球、短歌ブログまでやっている若々しい母が、明日で70歳になるなんて、まだ信じられない。

嫁ぎ先で苦労して、それが原因でいろいろあって、ちょっと波瀾万丈だった母の、これまで人生を思うと、常に冷静に観察していた娘にとっても感慨深いものがある。

でも孫も出来たし、娘も傍にいるし、きっと今一番幸せなのかもしれない。

いつまでも元気で長生きしてください。父もね。

あ~あ、それにしても、母のEカップの巨乳を受け継ぎたかったなぁ。でももらったのは食い意地だけ(笑)ちなみに弟も同類。


いりこ出汁の徳島県で育った母の和食は、基本的に薄味で優しい。節分に作ってくれたこの巻き寿司も、柚子を使った寿司酢がまろやかで、煮含めた具材の風味が引き立っている。海苔の中に愛情たっぷり。

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