2001年に開館した東大阪の「司馬遼太郎記念館」に行ってきた。

司馬遼太郎の自宅の隣に、安藤忠雄が設計した近代的な施設だ。

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表札が掲げられた自宅の玄関を通り、雑木林の小径を抜けると

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司馬遼太郎の執筆していた書斎を見ることができる。

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来館者が、司馬作品との対話、自身との対話ができる「感じる記念館」でありたいとの願いがこめられているそうで、何度でも訪れたくなる心安らぐ場所だった。

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自宅の玄関、廊下、書斎に収められた蔵書数は約4万冊あったそうで、自宅はまさに図書館そのもの。

そんな司馬遼太郎の精神世界を、安藤忠雄が高さ11メートル、3層吹き抜けの大書架として表現していて圧倒された。

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大阪市内で生まれ、母の実家である奈良県北葛城郡當麻町で幼少期を過ごした司馬遼太郎は、古墳が多いその地で、土器や石槍を拾い集めていた子供だったそう。

アジアの地図に興味を持ち、モンゴルに渡りたいとの夢を抱いていたが、学徒出陣で満州へ。


栃木県で終戦を迎えるが、人生観を変える大きな出来事が起こる。

軍隊で移動中のこと。自分たちの戦車部隊と、避難する市民とが遭遇した場合どうすべきか参謀に支持を仰いだところ、「轢き殺せ」と命令される。

自分は日本国民のために戦ってきたのではなかったのかと、愕然となる。

そうして終戦から生涯ずっと、歴史の中に「日本人とは何か」を探し続けてきた人だったのだ。

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「21世紀に生きる君たちへ」の一語一句を噛みしめて読んだ。

彼が危惧した日本にならないように。


あれやこれや、読みたい司馬作品が改めてたくさん出てきた。

記念館の寄せ書きノートには、海外からのファンも多かった。